The Work of Culture in the Age of Cybernetic Systems
Bill Nichols, The Work of Culture in the Age of Cybernetic Systems
The New Media Reader, The MIT Press, 2003, pp.625-641
初出
Screen Volume 29 Issue 1, Oxford University Press, 1988, pp.22-47
Introduction
本論文は、ヴァルター・ベンヤミンが1936年に発表した「複製技術時代の芸術作品」を、サイバネティック・システムの時代に更新する試みである。かつて機械的複製(写真や映像)が自己と現実の概念を変革したように、コンピュータが同等の規模でいかなる変革をもたらしているかを問う。
本文
機械的複製と映画文化
ヴァルター・ベンヤミンは、経済的生産様式、芸術の性質、知覚のカテゴリーの三つの変化の間に対応関係があると論じた。
アウラの喪失
機械的複製技術による大量生産は、芸術の伝統的な儀式的価値を市場的な展示価値へと変容させ、芸術からアウラを剥奪する。アウラとは、芸術の真正性、伝統の領域への結びつきであり、その対象と「一つの場所で対面する唯一の経験」に支えられていた。
モンタージュの力
モンタージュ(編集)は物事を既存の秩序から引き剥がし、絶えず変化する組み合わせで再構成することで、観客に場所や焦点の急激な「ショック」をもたらす。これはダダイズムのプロジェクトを超越し、完成させるものである。
サイバネティック・システムと電子文化
資本主義の発展段階
著者は資本主義の発展を三段階に分類する:
起業家資本主義:蒸気と機関車、リアリズム、映画、機械的複製
独占資本主義:電気と石油化学、モダニズム、テレビ、瞬間的放送
多国籍資本主義:マイクロエレクトロニクスと原子力、ポストモダニズム、コンピュータ、シミュレーション
シミュラークルと制御
シミュラークルは情報の制御を知覚や知識の支配へと拡張する。人間を定義する対比対象(他者)は変遷してきた:初期資本主義では「動物」、独占資本主義では「機械」、現代の脱工業化資本主義では「サイバネティック・システム」がその役割を担う。人間は今や「サイボーグ」との差異において定義される。
フェティシズムの変容
映画が「対象」をフェティッシュ化するのに対し、コンピュータは相互作用という「プロセス」や、それを操作する「主体」をフェティッシュ化する。ユーザーはシステムを制御することで全能感を得るが、その快楽は同時に、自身の意志をシステムのルールに従属させることに根ざしている。
サイバネティック・メタファー:自己と現実の変容
軍事技術からの発展
対空兵器の追跡問題が、人間の脳を超える速度で予測を行う知的機構の開発を促した。ENIAC(最初の高出力デジタルコンピュータ)は、高速で正確な弾道計算を実行するために設計された。
メイシー財団会議
ジョン・フォイ・ノイマン、ヴァネヴァー・ブッシュ、ノーバート・ウィーナー、グレゴリー・ベイトソン、クロード・シャノンらが集まり、メイシー財団会議を通じて情報理論と認知心理学の研究パラダイムを形式化した。
ハイパーリアリティ
ジャン・ボードリヤールは「ハイパーリアリティ」を論じた:現実そのものよりも現実的であることによって、現実は破壊される。
具体的事例
戦略防衛構想(SDI):核ホロコーストから世界を救うビデオゲームとしての「スターウォーズ計画」
グレナダ侵攻:想像上の敵との戦いのイメージ化
リビア爆撃:「アメリカの意志」を定義する演出
これらのシミュレーションは本格的な戦争の破滅的結果を欠くが、「個人の人生は不可逆的に変容し、人々は負傷し、多くが死亡する」という現実の結果を生じさせる
ベイビーMのケース
代理母出産をめぐる裁判は、シミュレーションの現実を実証している。実際の母親(子を産む女性)が「代理」とされ、遺伝的に無関係な女性が「本当の母親」として法的承認を得る。法律はシミュレーションの優先順位を支持し、このシステムを制御できる者(階級とジェンダーによって測定される)の力を支持する。
特許法の変遷
1888年 電話訴訟:「自然の力」と「応用」の区別
1972年 ゴットシャルク対ベンソン事件:ソフトウェアは単なるアルゴリズムとして特許保護否定
1980年 ダイヤモンド対チャクラバトリー事件:バイオ工学的細菌に特許保護(生命体への特許承認)
1981年 ダイヤモンド対ダイアー事件:数学的公式を応用する構造やプロセスは著作権法の要件を満たすと判断
パックマン訴訟
1982年のアタリ対ノースアメリカン・フィリップス事件控訴審において、裁判所は重要な認識を示した:「ビデオゲームの主な魅力は競争の激しさによって提供される刺激にある。ゲームのプレイに夢中になった人は、詳細の多くのマイナーな違いを見落とす傾向がある」。これは、欲望の対象としての「イメージのフェティシズム」が、「プロセスのフェティシズム」へと変容したことを法的に認めた判決である。
目的、システム、権力:変革的潜在力と保守的実践
モノポリーの論理的不条理
アンソニー・ウィルデンはモノポリーについて観察した:
ゲームの目標:関連する環境、不動産、そしてそれらが生み出す資本を制御することによって勝つこと
隠された論理的・生態学的不条理:すべてのリソースを消費し、餌を与える環境(他のプレイヤー)を残さないので、モノポリーの勝者は死ななければならない
モノポリーは「単なるゲーム」という形態において、開かれたエコシステムに適用されたときには致命的な論理を隠蔽している。
ベイトソンの視点
グレゴリー・ベイトソン:人間はより大きなシステムの一部に過ぎず、その一部が全体を支配するということは決してない。サイバネティックな比喩は、あらゆるシステムの目的と論理を、より大きな生態系の目標に対して検証することを促す。
結論
課題は支配的なサイバネティック・モデルを打倒することではなく、それ自身が生み出した認識的能力のダイナマイトを使用して、その事前定義された禁止と限界を侵犯することである。ヴァルター・ベンヤミンが機械複製芸術の可能性に見出した超越的かつ解放的な潜在性は、サイバネティック・メタファーにおいてさらに別の形で持続する。
編集者:土屋志野 今泉えみり